sakatori[sm]

留守番

「一緒に行きたい人、って言われてもなあ」
 隠岐の声が作戦室に響く。そもそもおれ遠征希望してへんのに、と困ったように笑いながら端末を机に置いた。
「提出期限は近いから忘れんと出しとき」
 オペレーター用のパソコンから細井がひょいと顔を出した。いつも手際がいい彼女はどうやら遠征選抜試験の参加者調査票を提出したようだ。
「オレは秒で出しました!」
「悩みがなくて羨ましいわ……」
 はあと溜め息をつく細井を横目に南沢が笑っている。いつも前向きで深く悩まないのが彼のいいところだ。しかし、それが長所になるか短所になるかは場合による。
「で、水上はどう思う?」
「何がですか?」
 目的語が欠けた質問を投げてきた生駒に水上が聞き返す。
「遠征に行けるんはA級の、しかも希望した部隊だけや。俺らB級は遠征に行かれへんのに参加者調査票に答える必要あるか? おまえなら上層部の意図が分かるかと思うてな」
「お偉いさんの考えは分かりません。けど、今回はいつもより大がかりな遠征になるやろうから、希望者以外も行くかもしれませんね。あと、部隊でなく個人をB級から選ぶとか。イコさんとか、鋼とか、弓場さんとか単騎で強い人おるし。まあ調査票は言葉どおりの意味やと思うてます」
 何の面白みもない予想を語る。三門市を守るという使命感を持ってこの地にやって来たが、水上は遠征に興味がなかった。生駒隊でならともかく、個人では行く気はないし、また選ばれるとも思っていない。
「俺は遠征に興味あるねんけど」
 生駒の言葉を聞いた隊員たちの視線が彼に集まる。
「えっ、そんな意外か? ボーダー隊員やっとるなら近界に行ってみたいやろ」
「オレも興味あります!」
「あんたら、そんな遠足みたいなノリで言うけど、外国より遠いとこやで。しかも危険な」
 水上の考えと同じことを細井が語る。遠征で怪我人や死人が出たという話は聞かないがそれでも日本から遠く離れた土地ということには変わりない。大切な人には危険な目に遭ってほしくないと考えるのは自然なことだろう。もっとも殺しても死なないという生駒に対する信頼はあるが。
「それはそうやけど、俺の力が誰かの役に立つかもしれんと思ったらやっぱ行きたいわ。で、いつか平和になったらいろんな土地や人も見てみたい」
「イコさんらしい考えですね」
 机の真ん中に広げた袋菓子をつまむ隠岐が感嘆する。そう、生駒はこういう男なのだ。好奇心が旺盛で底抜けに人が好い。
「万一俺が遠征に行ったらその間はおまえにこの隊を頼む」
 告げられ、違和感が背中を走った。一度大きく息を吸って心を落ち着ける。
「……荷が重いこと言わんといてくださいよ」
 努めて冷静に答える。周囲からどう見えているのかは分からない。
 生駒が遠征に行くところを思い浮かべた。細井ではない誰かにオペレートされ、生駒隊ではない誰かと戦う場面が頭の中で再現される。
 他人の作戦に従う生駒を想像して、嫉妬のような感情が胸に渦巻く。赤黒い炎が肺を焦がす。
 この人を一番上手く動かせるのは自分だという自負があった。彼が負けるわけないからそもそも命の心配はしていない。
「でもおまえならやってくれる。そうやろ?」
「あんたの命令やったら従いますよ。過不足なく完全にやってみせます」
「おお、心強いな!」
 いつもの無表情に声だけが弾む生駒を見た。その目は澄んでいた。
 信頼されているからこそ、こちらもその想いに応えたいと思う。今後彼がこの地を旅立つことになっても。