sakatori[sm]

おそろい

 思ったより大雨に打たれてしまった。始めは小雨だったから油断していた。
 ごろごろと雷が鳴り始めた頃はもう近くに店はなく、雨具を買うことはできなかった。あと数分ほどの距離だから、どうせ濡れても水上の家に着替えが置いてあるから、と軽く考えていたのがいけなかった。
 自転車を駐輪場の定位置に止めると、下着までびしょ濡れになっていたことに気づいた。
 水に溶けた整髪剤が目に染みる。強面をさらに険しくした生駒は階段を駆け上がった。コンクリートに鼠色の足跡がつく。
 目当ての部屋に辿り着いてインターホンを押した。数秒待つと水上がひょいと玄関ドアから顔を出した。うわあ、随分派手にやられましたねえ、と呟く声は全くの他人事だ。
「というわけで水上、風呂貸してくれ」
「床は拭いとくんで、直行してください。着替えも出しとくんで」
「助かる」
 水を吸い重くなった履物を脱いで、上がり框を跨いだ。鞄を置いて浴室に向かう。
 寮の1Kに脱衣所なんてないから廊下で服を脱ぐ。身体にぴったりくっついた衣服を引き剥がして片っ端から洗濯機に放り込んだ。ぐちゃぐちゃに裏返った服を気にする余裕はなかった。まずこの冷えた身体をどうにかしなければならない。
 脇見すると、水上が雑巾で廊下を拭いていた。こちらを見上げた彼と目が合う。裸を見た程度でどうこう言うような仲ではない。
「片づけありがとう。頼むわ」
 浴室に足を踏み入れる。熱めのシャワーを当てると、ちりりと肌の表面が痺れるような刺激があった。一人でも窮屈な二点ユニットバスが熱気で包まれる。
 温かい湯を頭から浴びてようやく落ち着きを取り戻した気がする。そんなところで浴室ドアの外から物音がした。
「イコさん、失礼します」
 がらりと浴室ドアが開いた。曇った鏡越しに水上が立っていた。
「シャツだけないんですけど、俺の着ますか?」
「あれ! 予備を置いてへんか? 濃緑の長袖」
「別のと交換する言うて持って帰ったやないですか」
 シャワーが邪魔するので大声での会話になる。体格のいい二人の関西弁だから端からは怒鳴り合っているように見えるかもしれない。
 預けてあった服のことをすっかり失念していた。生駒本人のことなのに水上の方が詳しいのは、自分が忘れっぽいのではなく彼の記憶力がいいということにしておく。
「悪いけど貸してくれるか」
「ええですよ、どうぞ」
 心身が温まり、ついでにさっぱりした。出された着替えを身につけると、ふと借り物のシャツのタグに目がいった。自分と同じサイズだ。
「おまえLが入るんか。俺と同じやないか」
 横幅はともかく縦幅がある彼のことだからきっとLLくらいの服を着ているものだと思っていた。
「ああ、これやと袖丈が短いことはあります。けどサイズを一つ上げたところで身頃がだぶつくだけで、袖の長さはあんま変わらんことが多いんです。なんでLを買うことが多いすね」
 生駒からバスタオルを受け取った水上が洗濯機に入れた。ネットを片手に、生駒の衣類のより分けもしてくれている。
「俺は首回りや肩幅が足らんでLや。それに胸がピチっとして……乳首が浮いたら恥ずかしいやん?」
「そうすね」
 全く興味なさそうに水上が返事をする。洗濯機のボタンを押して洗剤と柔軟剤を量っていた。
 シャンプーもボディソープも水上のものを使用し、シャツも借りているものだから全身が彼に包まれているような気分になった。自分から他人の匂いがすることに高揚した。
 自分の手を見ると余った袖が掌を少し隠していた。いわゆる萌え袖というには少し足りない。七分袖ならぬ十一分袖といったところか。
「彼シャツや。可愛い?」
「……どちらかというとおもろいですね」
 両手を顎に当てて小首を傾げてみると、案の定といった反応が返ってきた。冷たいわけではないが、さっきから彼の言葉はつれない。
「上着のサイズが同じやったらお揃い着れるやん。今度一緒にユニクロ行こうや」
「行くんはいいですけどお揃いとかは互いに柄ちゃうでしょう」
「部屋着やったらええやん」
「……えろう食い下がりますね」
「恋人らしいことは一通りやりたいからな」
「まあイコさんが言うんやったら俺は」
 洗濯機にざあざあと水が注がれる音で、彼の言葉はかき消された。しかし、微笑んでいたから嫌がっていないことは想像できた。
「で、買い物はいつにしますか?」
 部屋に戻ろうとする水上が生駒を振り返った、向こうからスケジュール調整を持ちかけてくるならまんざらではないのかもしれない。
 生駒は今後の予定を思い浮かべた。学業と防衛任務を両立させ、今はランク戦を抱える身なのでそれなりに忙しい。
 洗濯機の給水が終わりやがて洗浄の工程に移行した。洗濯が終わるのと予定が決まるのとどちらが先になるだろうか。
 そんなことを考えながら生駒は彼の部屋に迎え入れられた。