sakatori[sm]

小春日和

『11月上旬はまだ夏日が観測される可能性があります。朝夕の寒暖差にご注意ください』
 つけっぱなしのテレビからそんな言葉が流れてきた。
 秋の終わる朝は、室内もひんやりしていた。寒さに凍えるほどではなく、すっきりするような、気持ちが引き締まる気温だ。空気が澄んでいると感じられるこの時期が好きだった。
 リモコンを操作して、いつも見ている番組をつけた。テレビ画面左上には現在の時刻が表示されている。普段なら二人で食事を摂っている頃だ。
 立ち上がった隠岐はカーテンを開いた。レースカーテン越しに柔らかく暖かい光が部屋に差し込んだ。単板ガラスからは冷えた空気が伝わる。寒と暖が隠岐の爪先で交錯する。
 その足でベッドに向かった。水上は布団に突っ伏したままだった。時折掠れた寝息が聞こえてくる。いつもならとっくに起きて家事をしているのに。何なら隠岐より水上の方が規則正しい生活をしているくらいなのだ。
「水上先輩、もう起きる時間ですよ」
 声をかけるが、うんうんと唸り声が聞こえてくるだけで起きる気配はない。
 水上のことを考えるのなら今すぐに起こした方がいいのだが、もう少しこの時間を味わいたいと思った。彼の無防備な姿は珍しいから、もう少しだけ眺めていたい。
 ぼさぼさに乱れた髪の毛に、眉間に深く刻まれた皺。何とも言えない風貌である。風邪でも引いたのかと掌で体温を計ってみるが平熱だった。
 隠岐の視線に気づいたのか水上が恨めしげにこちらを見上げた。 
「寒い。頭がズキズキする。雨降っとらん?」
「晴天ですよ。それより、おはようござ、っ」
 挨拶するために顔を近づけると首根を引っ張られた。そのままベッドの中に押し倒された。
「うわ、おまえ、足冷たい」
「勝手に布団に引きずり込んでひどい言い方するなあ。そりゃさっきまでスリッパなしで床に立ってましたからね」
 水上は隠岐の背中に腕を回した。寝ぼけて自分のことを抱き枕だと勘違いしているような仕草だった。
 強制的に添い寝させられる形となった隠岐は水上にかける言葉を選びあぐねていた。
「なんぼ布団の中におっても身体が温もらんねん。寒い」
「体温を上げるにはエネルギーって水上先輩が言うとったやないですか。朝ご飯食べたら勝手に温もりますよ」
 隠岐から体温を奪うためか、彼の手がシャツの中に忍び込んできた。生温い掌が隠岐の背中を這う。性的な意図は感じないが、ぞわぞわして落ち着かない。しかし離してくれそうにない。
 ぐだぐだになっている水上の頭を抱いて手櫛で髪の毛をとかした。何を言っても通じそうにないので黙って宥めた。

 どれほど時間が経ったのか数えていないが、水上は落ち着きを取り戻したのか顔を上げた。
「……すまん」
「ええですよ。誰にも調子が悪いときはあるし」
 そうやな、と呟いた声は乾いていて、隠岐はまた微笑んだ。こんな彼の姿を独り占めできるのは自分だけだと思うと悪くない。
「起きますか?」
「おん」
「ほなベッドから出て、顔を洗って歯も磨いて、朝ご飯を食べましょう。たまにはおれが作りますよ」
 一緒に一日を始めよう。その前に必要な言葉は。
「おはようございます。水上先輩」
「おはよう、隠岐」