欲しいものは
混雑する時間帯を過ぎていたおかげで二人客でも四人掛けのテーブルに通された。
嵩張る荷物を隣の椅子に置いて、一つ溜め息を漏らした。馴染みの定食屋の光景や匂いに感じ入っていると、対面する外岡が口を開いた。
「そういや神田さん、何か欲しいもんはないっスか? あ、メシの話じゃなくてプレゼントです」
唐突に問いかけられた神田は首を傾けた。彼は何事もなかったかのようにメニュー表を手に取り目の前に広げた。うどんかそばがいい、と呑気に指差している。
神田は外岡の隣の席に置いてある紙袋に目をやった。新幹線に乗る前に駅前で購入したいくつかの銘菓。もっとも物産展で売られているようなものだから、九州の土産といっても大して珍しくない。今は何でも通販で手に入る時代だからなおのこと。
「急に何だ? 別に土産の礼はいらないぞ」
「いや、神田さんの誕生日に会えないから、欲しいもんがあるなら今日買って渡そうと思って。先払いってやつです」
「もっとムードのある言い方してくれよ」
「後で渡すより先がいいっしょ。だって誕生日のことちゃんと覚えてるってことだし」
「おい、忘れられたらショックで立ち直れないんだけど」
テーブルの下で外岡の爪先をつつくと、彼は笑いながら足を引っ込めた。そのにやついた顔をつまんでやりたいところだが生憎距離がある。
外岡の質問が脳内をもう一度駆け巡ったが、答えは変わらない。
「ないよ」
「何でも言ってくださいよ。今のおれは多分神田さんより稼いでますよ」
「でも貯金は少しあるからな」
「でしょうね。おれが買えるようなもんならとっくに神田さんは自分で用意してるって思いました。言ってくれるなら悩まずにすむのになぁ」
顔の前で手を組む外岡が肩を落とした。相手の希望を事前に聞くのは現実的で彼らしい。神田は日常のやりとりから考えたり、さり気なくリサーチするタイプなので真逆だ。
「物より時間が欲しいけどな。おまえと会える、いや話せる時間」
「そんなんいくらでもあるじゃないっスか」
「最後に通話したのはいつだっけ?」
「……一週間ぐらい前?」
「十日だ。俺としては二、三日に一度は話したいって思ってるけど生活リズムが合わないのは仕方ない。おまえも俺に気を遣ってくれてるのは分かるしな」
通話の頻度こそ低いがメッセージのやりとりはそれなりに行っている。ぽつりぽつりと届く近況報告は夕方が多い。夜中に連絡してくることはないし返事を急かすこともない。随分と控えめで物分かりがいいことだ。それがかえってもどかしくもあるのだが。
「おれのプレゼントのセンスがなくても気持ちは信じてくださいよ」
自信がなさそうに外岡が頭をかく。
「疑うわけないだろ。おまえが考えてくれたのなら何でも嬉しいよ」
そうだ、と神田が手を打つ。
「俺の誕生日、十二時ぴったりに電話かけてくれよ。最初におまえが祝ってくれ」
「バイトとかサークルとかで忙しいかもしれないじゃないスか」
「時間空けとくから。何なら待機しとくし」
途端に外岡が小さく吹き出した。何が笑いのつぼにはまったのか身体を震わせている。
「っはは、スマホをじっと見つめてる神田さん想像して、……っ」
生白い肌に赤みが差す。ここまで彼が感情を露わにするのはしばらく見たことがなかった。
「それに一匹狼の貴重な時間なんて贅沢なプレゼントじゃないか」
「おれからしたら神田さんの時間こそ貴重だと思うスけど。じゃあ電話します。プレゼントは……まぁ都合がいいときに」
いつものように薄く軽く言葉を紡ぐ外岡の、神田を見つめるまなざしはあたたかい。彼からは返せないほどの多くのものをもらっているのに今さら何を欲するだろうか。
神田が外岡と目を合わせて微笑むと、彼の爪先が神田の足にそっと触れた。