sakatori[sm]

バレンタイン

「はい、お土産です」
「待っとったで。ってこれ、……いつもの惣菜やん」
 ご機嫌な様子で玄関ドアを開いた生駒だったが、無表情のまま語尾を落とした。
 まだ温かいレジ袋を差し出すと、生駒は渋々受け取った。揚げ物の匂いが狭い玄関に広がる。
「ここの唐揚げ、好きや言うてましたやん。揚げ春巻きと肉団子もありますよ」
 生駒を通り抜けた水上は慣れた足取りで上がり框(かまち)を跨いだ。廊下キッチンで手を洗っていると、はあ、と彼らしからぬ溜め息が聞こえた。
「……俺に何を期待しとんですか」
「今日は二月十四日やで、期待するやろ!」
「チョコはマリオからもろたでしょ」
「俺らみんな同じ義理のやつな。で、おまえからはないんか?」
 生駒と顔を合わせるのは今日で二回目だ。水上は防衛任務後に帰宅して改めて生駒の家を訪ねた。最初に顔を合わせたとき何も渡さなかったのだから察するだろうと思っていたのだが、二人きりになったらもらえると考えていたらしい。何とも前向きな性格だ。
「チョコはそんなにいっぱい食えんと思って普通の食いもんにしたんすよ。これが俺なりのバレンタインです」
「出た! 思いつきの嘘! おまえはこの店のよう惣菜買ってきてくれるだろ。バレンタイン関係ないやんか」
 玄関ドアの鍵をかける生駒がじっと水上を見つめている。心なしか恨めしげな表情をしているように見えたが、照明が暗いせいということにしておく。
 親愛の気持ちを伝える日であるバレンタイン。日本では女性が男性に愛を告白しチョコレートを渡すものへと形を変え、今では仲のいい女の子同士がチョコレートを贈り合うイベントになった。甘い物がそれほど得意ではない水上としては、スーパーやコンビニの特設コーナーを見るだけで胸焼けしそうになる。友チョコ、ファミチョコ、自分チョコ、逆チョコと菓子メーカーのキャンペーン戦略には感心するが、イベントそのものには興味がない。
「そういうイコさんこそ俺にないんすか?」
「あるに決まっとるやろ。部屋に飾ってある」
「ならくださいよ。俺はイコさんに今日の夕飯を渡す。イコさんは俺にチョコを渡す。これで交換成立やないですか」
「チョコがええんや。いや、チョコでなくてもいいからおまえが選んだプレゼントがええ」
「あんた、そんな面倒くさい人でしたっけ?」
 予想外の食い下がりっぷりに水上も戸惑った。
「たまには恋人らしいことしたいやろ。特におまえは何か理由がないと動かんから」
 ぽつりと呟いた、と表現するにはいささか力強い言葉だった。表情も声色もいつもと同じ、しかし。
 水上は生駒の背中を抱くと、黒髪に鼻をうずめた。荷物で片手が塞がっている生駒は空いた方の腕で水上の腰を撫でた。
「なんや急に」
「いや、可愛いな思うて」
「そんな可愛い彼氏にチョコ渡したいやろ?」
「いや、それは別に……。まぁ、でもホワイトデーを待っとってください」
「今日もらうんがええんやけどな」
 ずっと真顔でいる彼が愛らしいと感じたのは多分、惚れた欲目というやつだ。面倒だと思っていたイベントも悪くないと思ったのも恋心のせいだろう。
 生駒の固い髪の毛の感触を楽しみながら、水上の心にじわりと熱がともるのを感じた。