小説 2023-09-20 ただそれだけのこと(WT/王羽矢) 『ワールドトリガー』王子一彰×橘高羽矢。WT男女アンソロジー『Step the Line』に参加させていただいた王子×橘高です。発行から1年経ったので再録します。特に好きな男女CPで参加できて嬉しかったです。----- 机の上で長い指を組む蔵内がほのかに微笑む。彼がまとう空気には戸惑いや拒絶などのマイナスの気配が一切なかった。だから、今度こそ受け入れられるだろう。 そう思ったときのことだった。「ダメです」 穏やかでありながらしっかり引き締まった声が作戦室に響いた。蔵内の表情に変化はなく、だからこそ否定的な言葉を発したことに、橘高はすぐ気づくことができなかったのだ。 王子はやれやれと肩をすくめた。つい最近まで白いジャケットを着こなしていた彼が今まとっているのはフリーの正隊員用の隊服だった。弓場隊から巣立ったゆえにその隊服を身につけることはない。そして王子隊の隊服は未だ完成していない。宙ぶらりんになっている彼らに早く隊服を用意したいと思うのだが。 蔵内が手にした端末には、橘高が描いたデザインが映し出されていた。太刀川隊を参考にした黒のロングコートだ。「これは裾が長すぎます。もっと清潔感があり機能的で、華美でないものが望ましいでしょう」「生徒指導の先生みたいな言い方ね……。そんなの学校の制服みたいになるわよ」「制服、いい例えですね。市民が俺たちをボーダー隊員であると判別できればいい。俺たちの個性は見た目でなく、任務に活かすべきだと思います」「……」 つらつらと言葉を紡ぐ蔵内はそつがなく、反論するタイミングを逃してしまった。 嵐山隊や三輪隊のように基本のデザインをアレンジしている部隊もあるが、せっかく自分たちだけの隊服なのだからオリジナルのものがいい。そう橘高が王子隊の面々に訴えたところ、デザインを任された。 そして早速ラフを何枚も描き上げたが、ことごとく蔵内に却下された。最初は気を遣った物言いだったのに、ここのところ面と向かって否定的な評価をするようになったのは、親しくなったからだと思いたい。「ぼくは動きやすかったら何でもいいんだけどな」「おれもです」 橘高と蔵内の攻防を眺めていた二人が呟く。王子と樫尾は隊服にこだわりがないらしくこの話題には乗ってこないのだった。 ──二次元でしか見られないようなイケメン。それが彼らの第一印象だった。名は体を表す王子、知性と包容力を兼ね備えた好青年の蔵内、若く将来有望な樫尾。 彼らはボーダー隊員としての実力が認められてB級に上がったのだが、三人集まるとまるでアイドルのようだった。正隊員になるための努力や才能を称えるのならともかく、容姿に言及するのは抵抗があるのであまり口にしないようにしているが。 ボーダー隊員の使命は三門を守ることであり、橘高もそのために入隊した。その気持ちに偽りはないのだが、こんな原石があるのなら磨きたいと思うのが人情だろう。「話は終わったので、そろそろ個人ランク戦に行きます」「蔵内先輩、おれもです」「はい、いってらっしゃい。次こそはオッケーもらえるデザインを考えるから」「よろしくお願いします」 蔵内と樫尾が連れ立つのを見送った。扉が閉まると橘高と王子の二人だけになる。「羽矢さんのデザインはどれも格好いいからすぐ決まると思ったけど難航しているね。クラウチがあんなに頑固だなんて知らなかったよ」「うん……。いいえ、私がやりすぎたのかも」 橘高は自分の端末に蓄積しているラフを見返した。蔵内に言われたことを思い返すと、確かに他の部隊と比べて随分と華美だ。彼らの美しさを引き立てる必要はないと分かっている。しかし、こうあってほしいという理想を諦められない。 ふうと大きな溜め息が漏れた。王子隊の前途は多難だ。何せ結成しただけでまだ隊服すら決まっていないのだ。自分から言い出したことなのに、みんなにずっとあり合わせを着せたままなのは申し訳ない。 王子から視線を感じた橘高が顔を上げた。顎に手を当てて何か考えている彼と目が合った。「ねえ、羽矢さん。アイコンの話の続きをしてもいいかい?」 端末を持った王子が橘高を呼んだ。正対して二人の端末の画面を共有すると、橘高が作ったアイコンが表示されていた。ランク戦の作戦会議用に王子から依頼されたものだった。「こんなリアルにみずかみんぐを描き込んでくれてありがとう」「水上くんっていうよりただのブロッコリーだけど」「カイくんもオッキーもイメージどおりだ」 生駒隊のアイコンは水上と隠岐と南沢が完成した。次回は生駒について話そうと言って終わったのだ。「イコさんはロボットっぽいかな。そう言われるのはクラウチだけど、ぼくはイコさんのほうがずっとそれっぽく感じる。二人とも感性は豊かだけどね」「蔵内くんはロボットっぽく描いたから、生駒くんは……メカとか? 昔のポリゴンみたいな感じはどうかしら。初代VFのアキラに少し似てるし」「ポリゴン? アキラ?」「バーチャファイターっていうゲームが昔あったのよ。今よりずっと技術が拙かったからキャラがカクカクしていたの」 キャラクターの検索画面を見せると、王子が口に手を当てた。肩が揺れるほど笑うのは珍しい。「確かに似ているね。それにしても一九九三年なんてそんな前のことを知っている羽矢さんはすごいよ」「ただゲームやアニメが好きなだけよ」「それでも知識があって困ることはないさ」 ペイントソフトを立ち上げて、生駒のアタリを描いた。ロボットやメカのデフォルメは慣れていないせいで筆に迷いがあった。でもいつもと違うことを考えながら絵を描くのは初心に返ったようで気分がいい。画面の隅に生駒の特徴を書き添えて一度保存した。 橘高が下描きするのを王子は興味深そうに眺めていた。作戦室の大きなテーブルの向こうにいても色素の薄い睫毛がよく見える。夏空色に輝くその瞳に視線を奪われる。「羽矢さんと話すと自分の中のイメージが具体的になるから楽しいよ。実際イラストになるとインパクトがあるね」「私も王子くんの話を聞くのは楽しい。今まで自分が描きたいものばかり描いていたから」「そう言ってもらえると嬉しいよ。早くアイコンを使いたいな、ランク戦が楽しみだ。隊服もいろんなデザインを考えてくれてありがとう」 年下に気遣われる恥ずかしさより喜びが勝った。大輪の花のような笑顔を向けられただけで全てが報われた気がした。 * * *「っていうことがあって」「んだよ羽矢。のろけるためにこっちに来たのかよ」「違うわよ。結成したばかりの部隊は新鮮味があるわねって話。あんたにもそういう時期があったでしょ」 デスクに頬杖をつく藤丸に釘を刺す。王子と蔵内が独立したのとほぼ同時に外岡と帯島が入ったので弓場隊の総人数に変更はなく、作戦室のレイアウトも以前のままだった。「隊服ですか。まさか王子でなく蔵内の奴がネックになるなんて思いませんでしたよ」「あら神田くんありがとう」 湯気が立ち上るマグカップが橘高の席に置かれた。緑茶の水面に自分の影が映る。一拍遅れて、芝を刈った後のような爽やかな草の香りが鼻腔をくすぐった。 藤丸の席にも茶を運ぶ神田を眺める。付き合いが長い神田からも蔵内の態度は頑なに見えるのだろうか。あまりにも蔵内との間で押し問答が続いたせいで、橘高は冷静に自分を省みることができなくなっていた。「にしても蔵内の野郎、こまけーこと気にしやがって。後でいくらでも変更できるんだからさっさと決めちまえばいいのによ」「言い過ぎよ。私もアニメっぽいデザインに寄せすぎたから、着る人のことを考えるべきだったわ」「ののさんが憎まれ口を叩くのは、王子と蔵内がいなくなって寂しいんですよ。これからも話聞かせてくださいね」「こっちはトノとユカリを育てるのに忙しいんだ、出ていった奴のことなんざ知るか」 藤丸に睨まれた神田が悪びれる様子はなかった。気心の知れた間柄だからこそのやりとりに頬が緩む。橘高と王子たちはまだこんな円滑な会話はできないだろうから。「しかし羽矢が三次元の男に興味持つなんてな」 茶を啜っていた藤丸が袋菓子をつまんだ。そうではないと言っているのに彼女はずっと勘違いしている。「そういうんじゃないの」「何人もイケメンから告られても無視してたの忘れたのか? ずっとアニメ見て絵ぇ描いて、おめーは昔から自分のやりたいことしかやらなかったじゃねーか。それが突然他人のために尽くすようになりゃな。どういうことかあたしでも分かるぞ」 確かに他人のためにこれだけ創作するというのが初めてだけど、尽くすというのは少し違う。私はみんなにふさわしい服を作りたいと思っただけ、王子くんのリクエストに応えたかっただけ。ただそれだけよ。そう心に浮かんだ言葉が実際唇に乗ることはなかった。 ボーダーの活動と趣味にのめり込んでいたせいで人間関係に偏りがあったのは認める。現に異性の機微は分からない。異性から自分に向けられる感情を察するのも、自分が異性に向ける感情が何なのかを考えるのも苦手だ。 だから自隊の仲間に友人として好意を抱いている以上の自覚が持てない。 そんな橘高の戸惑いを見透かすように藤丸は微笑んでいた。まるで答えを知っているかのように。#ワールドトリガー #王羽矢
『ワールドトリガー』王子一彰×橘高羽矢。WT男女アンソロジー『Step the Line』に参加させていただいた王子×橘高です。発行から1年経ったので再録します。特に好きな男女CPで参加できて嬉しかったです。
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机の上で長い指を組む蔵内がほのかに微笑む。彼がまとう空気には戸惑いや拒絶などのマイナスの気配が一切なかった。だから、今度こそ受け入れられるだろう。
そう思ったときのことだった。
「ダメです」
穏やかでありながらしっかり引き締まった声が作戦室に響いた。蔵内の表情に変化はなく、だからこそ否定的な言葉を発したことに、橘高はすぐ気づくことができなかったのだ。
王子はやれやれと肩をすくめた。つい最近まで白いジャケットを着こなしていた彼が今まとっているのはフリーの正隊員用の隊服だった。弓場隊から巣立ったゆえにその隊服を身につけることはない。そして王子隊の隊服は未だ完成していない。宙ぶらりんになっている彼らに早く隊服を用意したいと思うのだが。
蔵内が手にした端末には、橘高が描いたデザインが映し出されていた。太刀川隊を参考にした黒のロングコートだ。
「これは裾が長すぎます。もっと清潔感があり機能的で、華美でないものが望ましいでしょう」
「生徒指導の先生みたいな言い方ね……。そんなの学校の制服みたいになるわよ」
「制服、いい例えですね。市民が俺たちをボーダー隊員であると判別できればいい。俺たちの個性は見た目でなく、任務に活かすべきだと思います」
「……」
つらつらと言葉を紡ぐ蔵内はそつがなく、反論するタイミングを逃してしまった。
嵐山隊や三輪隊のように基本のデザインをアレンジしている部隊もあるが、せっかく自分たちだけの隊服なのだからオリジナルのものがいい。そう橘高が王子隊の面々に訴えたところ、デザインを任された。
そして早速ラフを何枚も描き上げたが、ことごとく蔵内に却下された。最初は気を遣った物言いだったのに、ここのところ面と向かって否定的な評価をするようになったのは、親しくなったからだと思いたい。
「ぼくは動きやすかったら何でもいいんだけどな」
「おれもです」
橘高と蔵内の攻防を眺めていた二人が呟く。王子と樫尾は隊服にこだわりがないらしくこの話題には乗ってこないのだった。
──二次元でしか見られないようなイケメン。それが彼らの第一印象だった。名は体を表す王子、知性と包容力を兼ね備えた好青年の蔵内、若く将来有望な樫尾。
彼らはボーダー隊員としての実力が認められてB級に上がったのだが、三人集まるとまるでアイドルのようだった。正隊員になるための努力や才能を称えるのならともかく、容姿に言及するのは抵抗があるのであまり口にしないようにしているが。
ボーダー隊員の使命は三門を守ることであり、橘高もそのために入隊した。その気持ちに偽りはないのだが、こんな原石があるのなら磨きたいと思うのが人情だろう。
「話は終わったので、そろそろ個人ランク戦に行きます」
「蔵内先輩、おれもです」
「はい、いってらっしゃい。次こそはオッケーもらえるデザインを考えるから」
「よろしくお願いします」
蔵内と樫尾が連れ立つのを見送った。扉が閉まると橘高と王子の二人だけになる。
「羽矢さんのデザインはどれも格好いいからすぐ決まると思ったけど難航しているね。クラウチがあんなに頑固だなんて知らなかったよ」
「うん……。いいえ、私がやりすぎたのかも」
橘高は自分の端末に蓄積しているラフを見返した。蔵内に言われたことを思い返すと、確かに他の部隊と比べて随分と華美だ。彼らの美しさを引き立てる必要はないと分かっている。しかし、こうあってほしいという理想を諦められない。
ふうと大きな溜め息が漏れた。王子隊の前途は多難だ。何せ結成しただけでまだ隊服すら決まっていないのだ。自分から言い出したことなのに、みんなにずっとあり合わせを着せたままなのは申し訳ない。
王子から視線を感じた橘高が顔を上げた。顎に手を当てて何か考えている彼と目が合った。
「ねえ、羽矢さん。アイコンの話の続きをしてもいいかい?」
端末を持った王子が橘高を呼んだ。正対して二人の端末の画面を共有すると、橘高が作ったアイコンが表示されていた。ランク戦の作戦会議用に王子から依頼されたものだった。
「こんなリアルにみずかみんぐを描き込んでくれてありがとう」
「水上くんっていうよりただのブロッコリーだけど」
「カイくんもオッキーもイメージどおりだ」
生駒隊のアイコンは水上と隠岐と南沢が完成した。次回は生駒について話そうと言って終わったのだ。
「イコさんはロボットっぽいかな。そう言われるのはクラウチだけど、ぼくはイコさんのほうがずっとそれっぽく感じる。二人とも感性は豊かだけどね」
「蔵内くんはロボットっぽく描いたから、生駒くんは……メカとか? 昔のポリゴンみたいな感じはどうかしら。初代VFのアキラに少し似てるし」
「ポリゴン? アキラ?」
「バーチャファイターっていうゲームが昔あったのよ。今よりずっと技術が拙かったからキャラがカクカクしていたの」
キャラクターの検索画面を見せると、王子が口に手を当てた。肩が揺れるほど笑うのは珍しい。
「確かに似ているね。それにしても一九九三年なんてそんな前のことを知っている羽矢さんはすごいよ」
「ただゲームやアニメが好きなだけよ」
「それでも知識があって困ることはないさ」
ペイントソフトを立ち上げて、生駒のアタリを描いた。ロボットやメカのデフォルメは慣れていないせいで筆に迷いがあった。でもいつもと違うことを考えながら絵を描くのは初心に返ったようで気分がいい。画面の隅に生駒の特徴を書き添えて一度保存した。
橘高が下描きするのを王子は興味深そうに眺めていた。作戦室の大きなテーブルの向こうにいても色素の薄い睫毛がよく見える。夏空色に輝くその瞳に視線を奪われる。
「羽矢さんと話すと自分の中のイメージが具体的になるから楽しいよ。実際イラストになるとインパクトがあるね」
「私も王子くんの話を聞くのは楽しい。今まで自分が描きたいものばかり描いていたから」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。早くアイコンを使いたいな、ランク戦が楽しみだ。隊服もいろんなデザインを考えてくれてありがとう」
年下に気遣われる恥ずかしさより喜びが勝った。大輪の花のような笑顔を向けられただけで全てが報われた気がした。
* * *
「っていうことがあって」
「んだよ羽矢。のろけるためにこっちに来たのかよ」
「違うわよ。結成したばかりの部隊は新鮮味があるわねって話。あんたにもそういう時期があったでしょ」
デスクに頬杖をつく藤丸に釘を刺す。王子と蔵内が独立したのとほぼ同時に外岡と帯島が入ったので弓場隊の総人数に変更はなく、作戦室のレイアウトも以前のままだった。
「隊服ですか。まさか王子でなく蔵内の奴がネックになるなんて思いませんでしたよ」
「あら神田くんありがとう」
湯気が立ち上るマグカップが橘高の席に置かれた。緑茶の水面に自分の影が映る。一拍遅れて、芝を刈った後のような爽やかな草の香りが鼻腔をくすぐった。
藤丸の席にも茶を運ぶ神田を眺める。付き合いが長い神田からも蔵内の態度は頑なに見えるのだろうか。あまりにも蔵内との間で押し問答が続いたせいで、橘高は冷静に自分を省みることができなくなっていた。
「にしても蔵内の野郎、こまけーこと気にしやがって。後でいくらでも変更できるんだからさっさと決めちまえばいいのによ」
「言い過ぎよ。私もアニメっぽいデザインに寄せすぎたから、着る人のことを考えるべきだったわ」
「ののさんが憎まれ口を叩くのは、王子と蔵内がいなくなって寂しいんですよ。これからも話聞かせてくださいね」
「こっちはトノとユカリを育てるのに忙しいんだ、出ていった奴のことなんざ知るか」
藤丸に睨まれた神田が悪びれる様子はなかった。気心の知れた間柄だからこそのやりとりに頬が緩む。橘高と王子たちはまだこんな円滑な会話はできないだろうから。
「しかし羽矢が三次元の男に興味持つなんてな」
茶を啜っていた藤丸が袋菓子をつまんだ。そうではないと言っているのに彼女はずっと勘違いしている。
「そういうんじゃないの」
「何人もイケメンから告られても無視してたの忘れたのか? ずっとアニメ見て絵ぇ描いて、おめーは昔から自分のやりたいことしかやらなかったじゃねーか。それが突然他人のために尽くすようになりゃな。どういうことかあたしでも分かるぞ」
確かに他人のためにこれだけ創作するというのが初めてだけど、尽くすというのは少し違う。私はみんなにふさわしい服を作りたいと思っただけ、王子くんのリクエストに応えたかっただけ。ただそれだけよ。そう心に浮かんだ言葉が実際唇に乗ることはなかった。
ボーダーの活動と趣味にのめり込んでいたせいで人間関係に偏りがあったのは認める。現に異性の機微は分からない。異性から自分に向けられる感情を察するのも、自分が異性に向ける感情が何なのかを考えるのも苦手だ。
だから自隊の仲間に友人として好意を抱いている以上の自覚が持てない。
そんな橘高の戸惑いを見透かすように藤丸は微笑んでいた。まるで答えを知っているかのように。
#ワールドトリガー #王羽矢