小説 2023-01-15 コンビニ(WT/いこみず) 『ワールドトリガー』生駒達人×水上敏志。いこみずワンドロワンライ第21回に投稿した作品。疲れたときには甘いものを食べましょう。----- 三十分もしないうちにみんなは訓練や打ち合わせから戻るだろう。壁時計を見上げた水上はすぐに視線を端末に戻した。 何度目かの溜め息を漏らした。ランク戦の記録は解説がついておらず、自分で全ての映像を確認しなければならないのでなかなか骨が折れる。といって全てを観戦するのも現実的ではなく、この地道な作業を続けるしかないのだが。 机の上にあった袋飴を一つ口の中に放り込む。じゃりじゃりと固形物をすり潰す音が頭の中に響く。固く乾いた飴も換装体なら簡単に噛み砕くことができる。 安物の人工甘味料がじんと脳に響く気がした。飴の甘さや強さは感じるのに欠片が頬の内側に刺さる痛みはないという不思議な感覚。まるで未知の食品を味わっているようだった。 スナック菓子をつまむように飴を食べていた。部屋の隅にあるゴミ箱に行くことを横着したせいで、手元には飴袋の小さな山ができていた。 気が削がれて指先で飴袋をもてあそんでいると作戦室の扉が静かに開いた。水上を認めた生駒が、おう、と軽く挨拶した。「っす」「飴が好きなんか?」 飴袋に気づいた生駒が問いかた。そう思われても仕方ないくらい食べている。「いや別に。ただ口寂しかったんで」「……キスしたろうか?」 会話のキャッチボールというにはやや遅れたタイミングで漏らした生駒の言葉は場違いなものだった。真剣な面持ちで言われると全く冗談に聞こえないのだが、公の場でそんなことをする人ではないと分かっている。「気持ちだけ受け取っときますわ」 水上の隣に立った生駒は飴袋を掴んでそのままゴミ箱に向かった。いつも賑やかで物も多い作戦室だが一定の清潔さは保っている。「ありがとうございます」「こんなに甘いもん食うて疲れとんやろ」「ずっとトリオン体でおったのに関係ありますかね」「おまえは人の何十倍も頭使うやろ」 彼の背中越しに行う会話は日常そのものだった。「みんな帰ってくるんにまだ時間かかるやろうから何か買ってくるわ。いるもんある?」「別にないっす」 くるりと生駒が水上を振り返った。一つ二つと指を折って何か数えている。「ほな俺のおすすめ買ってくるわ。今どこのコンビニでもいちごフェアやってん。セブンイレブンの『めちゃハピいちごフェア』ええで。テリーヌとシュークリームは食ったからはよ制覇したいわ」 商品の入れ替わりが激しいコンビニ商品を把握しているのは意外だった。好奇心旺盛でまめなことだ。そのときあるものを買うだけの水上とは対照的だ。「イコさん、生菓子も好きなんすか」「ウマいもんは何でも好きや。スイーツも作れるようになりたいしな。そのためには味も知っとかなあかんやろ」 彼が菓子を作るところなど見たことはないのに、何故かその姿は自然と思い浮かべることができた。彼が料理するところは何度も目にしたがゆえに。意図せず口元が緩む。「なんかおかしいか?」「いや、可愛いなあ思うて」「誰が」「イコさんが」「疲れてどっかネジ飛んだんちゃう?」「いちご商品ってどれもピンクで可愛いやないですか。それ食うイコさんも可愛いですよ。見たことないですけど多分」 そんなに褒められたら照れるわ、と頬を掻く彼の表情も声も平時と何ら変わりない。「でもコンビニよりイコさんが作ったもんが食いたいです。今度なんか作ってください」「まだ人に出せるようなもんはないぞ。ホットケーキ焼くくらいや」「じゃあそれで頼んます」「分かった。……っと、はよ買い出しに行かなみんな帰ってくるな。ほな行ってくるわ」 作戦室を出る生駒の背中を見送る。自動扉が閉じると部屋はまた無音に戻った。 停止したままの動画に目をやる。気怠さが消えることはなくても、この後の楽しみを想像すると仄かに気力が湧いてくるのを感じた。#ワールドトリガー #いこみず
『ワールドトリガー』生駒達人×水上敏志。いこみずワンドロワンライ第21回に投稿した作品。疲れたときには甘いものを食べましょう。
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三十分もしないうちにみんなは訓練や打ち合わせから戻るだろう。壁時計を見上げた水上はすぐに視線を端末に戻した。
何度目かの溜め息を漏らした。ランク戦の記録は解説がついておらず、自分で全ての映像を確認しなければならないのでなかなか骨が折れる。といって全てを観戦するのも現実的ではなく、この地道な作業を続けるしかないのだが。
机の上にあった袋飴を一つ口の中に放り込む。じゃりじゃりと固形物をすり潰す音が頭の中に響く。固く乾いた飴も換装体なら簡単に噛み砕くことができる。
安物の人工甘味料がじんと脳に響く気がした。飴の甘さや強さは感じるのに欠片が頬の内側に刺さる痛みはないという不思議な感覚。まるで未知の食品を味わっているようだった。
スナック菓子をつまむように飴を食べていた。部屋の隅にあるゴミ箱に行くことを横着したせいで、手元には飴袋の小さな山ができていた。
気が削がれて指先で飴袋をもてあそんでいると作戦室の扉が静かに開いた。水上を認めた生駒が、おう、と軽く挨拶した。
「っす」
「飴が好きなんか?」
飴袋に気づいた生駒が問いかた。そう思われても仕方ないくらい食べている。
「いや別に。ただ口寂しかったんで」
「……キスしたろうか?」
会話のキャッチボールというにはやや遅れたタイミングで漏らした生駒の言葉は場違いなものだった。真剣な面持ちで言われると全く冗談に聞こえないのだが、公の場でそんなことをする人ではないと分かっている。
「気持ちだけ受け取っときますわ」
水上の隣に立った生駒は飴袋を掴んでそのままゴミ箱に向かった。いつも賑やかで物も多い作戦室だが一定の清潔さは保っている。
「ありがとうございます」
「こんなに甘いもん食うて疲れとんやろ」
「ずっとトリオン体でおったのに関係ありますかね」
「おまえは人の何十倍も頭使うやろ」
彼の背中越しに行う会話は日常そのものだった。
「みんな帰ってくるんにまだ時間かかるやろうから何か買ってくるわ。いるもんある?」
「別にないっす」
くるりと生駒が水上を振り返った。一つ二つと指を折って何か数えている。
「ほな俺のおすすめ買ってくるわ。今どこのコンビニでもいちごフェアやってん。セブンイレブンの『めちゃハピいちごフェア』ええで。テリーヌとシュークリームは食ったからはよ制覇したいわ」
商品の入れ替わりが激しいコンビニ商品を把握しているのは意外だった。好奇心旺盛でまめなことだ。そのときあるものを買うだけの水上とは対照的だ。
「イコさん、生菓子も好きなんすか」
「ウマいもんは何でも好きや。スイーツも作れるようになりたいしな。そのためには味も知っとかなあかんやろ」
彼が菓子を作るところなど見たことはないのに、何故かその姿は自然と思い浮かべることができた。彼が料理するところは何度も目にしたがゆえに。意図せず口元が緩む。
「なんかおかしいか?」
「いや、可愛いなあ思うて」
「誰が」
「イコさんが」
「疲れてどっかネジ飛んだんちゃう?」
「いちご商品ってどれもピンクで可愛いやないですか。それ食うイコさんも可愛いですよ。見たことないですけど多分」
そんなに褒められたら照れるわ、と頬を掻く彼の表情も声も平時と何ら変わりない。
「でもコンビニよりイコさんが作ったもんが食いたいです。今度なんか作ってください」
「まだ人に出せるようなもんはないぞ。ホットケーキ焼くくらいや」
「じゃあそれで頼んます」
「分かった。……っと、はよ買い出しに行かなみんな帰ってくるな。ほな行ってくるわ」
作戦室を出る生駒の背中を見送る。自動扉が閉じると部屋はまた無音に戻った。
停止したままの動画に目をやる。気怠さが消えることはなくても、この後の楽しみを想像すると仄かに気力が湧いてくるのを感じた。
#ワールドトリガー #いこみず